執筆者兼監修者プロフィール
東大産婦人科に入局後、長野県立こども病院、虎の門病院、関東労災病院、東京警察病院、東京都立豊島病院、東大病院など複数の病院勤務を経てレディースクリニックなみなみ院長に就任。
資格
- 医学博士
- 日本産科婦人科学会 産婦人科専門医
- FMF認定超音波医
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多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)とは、卵巣に小さな卵胞(卵のもと)が多数たまり、排卵が起こりにくくなる状態です。適切な治療を受ければ、PCOSの方でも妊娠は十分可能です。
生理が何ヶ月も来ないと、将来ちゃんと妊娠できるのか不安になりますよね。検査で「PCOS」と診断されて驚いた方もいるでしょう。「痩せている自分には無関係だと思っていた」という方や、日々のストレスが原因かも…と心配な方もいるかもしれません。
この記事では、PCOSについて以下の内容を解説します。
- 多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)とはどんな病気か(原因・症状や診断基準)
- PCOSの主な原因と考えられている要因(ホルモンバランスの乱れやインスリン抵抗性、ストレスとの関係など)
- 体型(肥満タイプ・痩せ型)によるPCOSの特徴の違いと対策(「痩せたら治る」は本当か?)
- 多嚢胞性卵巣症候群でも自然妊娠できる可能性はあるのか?
- PCOSの治療法(妊娠を希望する場合と希望しない場合での治療方針の違い)
- ご自身でできる生活習慣の改善策(食事や運動、ストレスケアなど)
それでは順に見ていきましょう。
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)とは?
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS:Polycystic Ovary Syndrome)とは、卵胞がうまく成熟せずに排卵しにくくなる症候群です。卵巣の中に小さな未熟な卵胞(発育途中で成長が止まった卵胞)が多数残るため「多嚢胞性卵巣」と呼ばれる所見が特徴的です。排卵障害をきたすため、生理不順や不妊の原因となることがあります。
PCOSは生殖年齢の女性の約5〜10%にみられるとされる比較的頻度の高い疾患で、不妊症の原因の一つです。体質的・遺伝的な要因に環境要因が重なり発症すると考えられており、ホルモンバランスの乱れが根底にあります。日本人の場合、欧米人に比べて肥満や多毛(体毛が濃くなる症状)が目立たないケースも多く、痩せ型でもPCOSになることが知られています。
主な症状
PCOSの症状には個人差がありますが、典型的には以下のようなものがあります。
月経異常
生理周期が不規則になる(月経不順)、長期間生理が来ない(無月経)、ごく稀にしか来ない(稀発月経)など。排卵が起こりにくいため、生理周期が乱れやすくなります。場合によっては月経過多(月経量が非常に多い)や月経過少(極端に少ない)など月経量の異常がみられることもあります。
排卵障害
卵胞が発育しにくく、排卵が起こらない周期(無排卵周期)が多くなります。その結果、妊娠しづらく不妊の原因になります。基礎体温をつけても高温期がこない、排卵チェッカーが反応しづらい、といった形で気づかれることもあります。
男性ホルモン過剰による症状
卵巣から分泌されるアンドロゲン(男性ホルモン)が相対的に増える影響で、体毛が濃くなる(多毛)、ニキビができやすくなる、頭髪が薄くなる(男性型脱毛症)といった症状が出る場合があります。ただし日本人のPCOS患者では多毛が顕著でないケースも少なくありません。
体重増加・肥満傾向
PCOSの約半数は肥満を伴うとも言われます。太りやすく痩せにくい傾向があり、体重増加が見られることがあります。肥満が進むとインスリン抵抗性が悪化し、さらに排卵障害が起きやすくなるという悪循環になる場合もあります。ただし先述のように、日本人では肥満でないPCOSも多く、体型は様々です。
その他の症状
ホルモンの乱れに関連して代謝異常(インスリンの効きづらさによる血糖値の上昇、コレステロール異常など)が起きやすく、放置すると将来的に糖尿病や高血圧など生活習慣病のリスクが高まることがあります。また慢性的な無月経による子宮内膜増殖への影響から、長期的には子宮体がんのリスク増加も指摘されています。このほかホルモンバランスの影響で精神的な不調(抑うつ、不安傾向)や睡眠障害がみられるケースもあります。
症状の出方は人それぞれで、全ての症状が揃うわけではありません。例えば痩せ型のPCOSでは体毛や体重の変化はあまり見られず、生理不順だけで気づくケースもあります。
PCOSの診断基準(日本産科婦人科学会)
PCOSかどうかは、問診・超音波検査・ホルモン検査など総合的に判断されます。日本産科婦人科学会(JSOG)の診断基準では、以下の3項目すべてに当てはまる場合に多嚢胞性卵巣症候群と診断すると定義しています(他の疾患が除外されていることが前提)。
①月経異常があること
無月経や稀発月経(生理周期が長く不規則)、無排卵周期など排卵障害を示唆する月経異常が認められる。
②卵巣に多嚢胞性卵巣所見がある・またはAMH値が高いこと
超音波検査で卵巣内に多数の小卵胞が確認できる、もしくは血中AMH(アンチミュラー管ホルモン)値が高値である(AMHは卵巣内の卵胞数の指標となるホルモン)。
③アンドロゲン過剰の所見、またはLH高値があること
血液中の男性ホルモン(テストステロンなど)値が高い、あるいは男性型の多毛症状がみられる(アンドロゲン過剰症)。もしくは血中の黄体形成ホルモン(LH)値が高い(※肥満例ではLHの絶対値が上がらないことも多いため、LH/FSH比で評価される場合があります)。
なぜなるの?PCOSの主な原因
PCOSの明確な原因は完全には解明されていません。先天的な体質に加え、複数の要因が絡み合って発症すると考えられています。その中でも中心的と考えられているのは、ホルモンバランスの乱れとインスリンの作用異常です。また、遺伝的な素因や環境要因(生活習慣)、ストレスなども影響すると考えられます。以下、主な原因として考えられているポイントを解説します。
ホルモンバランスの乱れ(LHとFSHの不均衡)
脳の下垂体から分泌される黄体形成ホルモン(LH)と卵胞刺激ホルモン(FSH)は、通常バランスを取りながら卵巣に働きかけ、毎周期1個の卵胞が成熟・排卵するよう調整しています。PCOSでは何らかの要因でLHが慢性的に高めに分泌され、FSHに対して相対的にLH優位の状態になることが多いです。LHが高すぎると卵胞の成長過程で卵巣からの男性ホルモン分泌が増え、卵胞の成熟と排卵がうまく進まなくなります。この脳(下垂体)と卵巣のホルモンバランス異常が、PCOSの根本にあると考えられています。
インスリン抵抗性と糖代謝異常
PCOS患者ではインスリン抵抗性(インスリンという血糖を下げるホルモンが効きにくい状態)が認められることが多くあります。インスリン抵抗性があると血糖値を下げようとしてさらにインスリンが過剰に分泌されます(高インスリン血症)。実はインスリンも卵巣に作用して男性ホルモン(アンドロゲン)の産生を促進するため、過剰なインスリンは結果的に男性ホルモン過剰→排卵障害を助長してしまいます。またインスリン抵抗性は肥満によって悪化しやすく、PCOSと肥満が合併することでお互いに状況を悪くする傾向があります。肥満型PCOSではこの「インスリン抵抗性→男性ホルモン過剰」のメカニズムが原因の大きな部分を占めると考えられています。
遺伝的要因や環境要因
体質や遺伝もPCOSの発症に関与すると考えられます。家族にPCOSや2型糖尿病の人がいる場合、インスリン抵抗性やホルモンバランスの乱れを起こしやすい素因が遺伝している可能性があります。ただし単一の遺伝子で起こる病気ではなく、複数の遺伝因子や要因が重なって発症リスクが高まる多因子疾患と捉えられます。そこに環境要因(食生活の変化、運動不足、肥満の促進要因など)が加わることで発症につながると考えられています。また近年では胎児期や幼少期の栄養状態が将来のPCOS発症に影響する可能性も研究されています。
ストレスとの関係
「多嚢胞性卵巣症候群 ストレス」というキーワードがあるように、ストレスもPCOS発症・悪化に関与すると指摘されています。強いストレスがかかり続けると、脳の視床下部-下垂体のホルモン分泌に影響を及ぼします。慢性的な精神的ストレスや、極端なダイエット・過食といった身体的ストレスによってホルモン調整が乱れ、男性ホルモンが増えやすくなり、排卵障害や月経異常を引き起こす可能性があるのです。特に思春期〜20代前半はホルモン分泌が不安定な時期で、以下のようなストレス要因でホルモンバランスが崩れやすくなるとされています。
- 無理なダイエット(過度な食事制限や極端な偏食)
- 摂食障害(過食や拒食)
- 学業や仕事での強い精神的プレッシャー・緊張状態の持続
- 慢性的な睡眠不足や生活リズムの乱れ
ただしストレスそのものが直接PCOSの唯一の原因になると証明されているわけではありません。あくまで他の要因と相まって発症リスクを高めたり、症状を悪化させる誘因となる可能性があるという位置づけです。また一方で、PCOSになることで「将来妊娠できないのでは」といった不安が強いストレスとなり、さらにホルモンバランスに悪影響を与えるという悪循環も起こり得ます。いずれにせよストレスをため込まない生活習慣や心のケアは、PCOSの管理においても大切なポイントです。
体型別の特徴と対策|痩せ型でもPCOSになる?
PCOSというと「太った人がなる病気」というイメージがあるかもしれません。しかし実際には痩せ型のPCOSも珍しくなく、日本人のPCOS患者ではむしろ標準体重・痩せ型の方のほうが多い傾向があるとも言われます。それぞれのタイプで症状や対策の重点が異なりますので、肥満タイプと痩せ型タイプに分けて特徴を解説します。
肥満タイプのPCOS(「痩せたら治る」は本当?)
BMIが高く肥満傾向にあるPCOSの場合、前述のようにインスリン抵抗性が強く関与しているケースが多いです。脂肪組織から分泌される物質や高インスリン状態がホルモンバランスを乱しているため、体重を減らすことでPCOSの症状が改善する可能性が十分にあります。実際、「多嚢胞性卵巣症候群は痩せたら治る?」という疑問について、完全に治るとまでは言えなくとも、肥満のあるPCOSでは減量によって排卵障害が大幅に改善するケースが多いことがわかっています。
5〜10%程度の体重減少でも月経が規則的に戻ったり、排卵が再開したりする例が報告されています。減量によってホルモンバランスの乱れやインスリン抵抗性が改善され、男性ホルモン過剰や排卵障害が軽減されるためです。結果として多毛やニキビなどの症状が和らいだり、将来的な糖尿病など合併症リスクの低減にもつながります。
ただし、「PCOSが痩せれば必ず完全に治る」というわけではありません。 あくまで肥満がある場合に限り有効な対策であり、適正体重まで落とすことで症状がコントロールしやすくなるという意味です。また、減量も急激すぎるのは禁物です。過度なダイエットは逆にホルモンバランスを崩す原因にもなりかねません。医師や栄養士の指導のもと、無理のないペースで生活改善を行いましょう。
痩せ型(非肥満)タイプのPCOSの場合
一方、肥満のない痩せ型PCOSではインスリン抵抗性よりもホルモン分泌の調節異常の要因が強いと考えられます。血中LHが高めであったり、卵巣予備能を示すAMH値が非常に高い(小さな卵胞が元々たくさんある)といった特徴が見られることがあります。痩せ型でも排卵障害やアンドロゲン過剰によるニキビなど主要な症状は現れ得ますが、体毛の増加やインスリン抵抗性の程度は肥満型に比べて軽い傾向があります。
痩せ型の方は元々体重が適正もしくは不足気味であることが多いため、「もっと痩せよう」とするのは逆効果です。無理なダイエットでさらに体脂肪が減ると、今度は栄養不足やストレスによって排卵が止まってしまう(いわゆる痩せすぎによる無月経)リスクが高まります。適正体重を維持しつつ、規則正しい生活でホルモン環境を整えることが大切です。
痩せ型PCOSでは、体重管理よりも必要に応じた薬物療法が主な対策となります。例えば妊娠希望であれば排卵誘発剤による治療を早めに検討しますし、今は妊娠希望がない場合でも放置せずピルで月経を起こすなどの対応が勧められます(詳細は後述)。痩せているからといってPCOSの症状が軽いとは限りませんので、生理不順が続く場合は体型に関係なく産婦人科で相談してください。
PCOSでも自然妊娠は可能?
結論から言えば、PCOSの方でも自然妊娠できる可能性は十分にあります。 ただし排卵障害の程度によっては、何もしないで待っているだけでは妊娠が難しいケースもあります。
PCOSだからといって卵子が全く育たない・排卵が完全に止まるわけではありません。 軽症であれば不規則ながらも自力で排卵が起こることがあり、そのタイミングで妊娠することはあり得ます。ただ、生理周期が読めず排卵日予測が難しいため、自然妊娠に時間がかかる傾向はあります。海外の研究では、PCOSの女性は妊活開始から出産に至るまでが平均で2年程度遅れるとの報告もあります。初めての妊娠・出産までの確率もPCOSでない人に比べると低下するというデータがあります。それでも最終的には約8〜9割のPCOS患者さんが子どもを持てているという報告もあり、適切に対処すればライフプランを諦める必要はありません。
大切なのは、「自然に妊娠するのをただ待つ」のではなく、妊娠を希望する場合は積極的に対策することです。具体的には生活習慣の改善に加えて、必要ならば排卵誘発剤による治療を行うことで妊娠の可能性を高められます。PCOSは治療反応性が良い(治療によって妊娠に至る可能性が高い)疾患ですので、希望がある方は早めに専門医に相談するとよいでしょう。若いうちから適切な治療を受ければ、十分に妊娠・出産は可能です。
排卵検査薬を使う際の注意点
PCOSの方が排卵検査薬(排卵チェッカー)を使うと「いつも陽性になる」「常に反応して判別できない」ということがあります。これはPCOSに伴うホルモン環境の特徴で、LH値が慢性的に高めであるためです。市販の排卵検査薬はLHサージ(排卵直前のLH急上昇)を捉える仕組みですが、PCOSでは基礎LHが高かったり小規模なLH上昇が頻発したりするため、検査薬が常に反応して正確なタイミングが掴みにくいのです。PCOSで妊娠を目指す場合は、自己判断が難しいため基礎体温や超音波検査を組み合わせつつ医師の指導のもとタイミングを計ることをおすすめします。
PCOSの治療方法|妊娠希望の有無に合わせて
PCOSの治療方針は「今すぐ妊娠を望むかどうか」によって大きく分かれます。妊娠希望がある場合は排卵を起こして妊娠につなげることが主眼となり、妊娠を希望しない場合は月経周期の管理と将来の合併症予防が目的となります。以下に妊娠希望「あり」の場合と「なし」の場合の治療の違いをまとめた表を示します。
| 治療のポイント | 妊娠を希望する場合 | 妊娠を希望しない場合 |
|---|---|---|
| 生活習慣の改善 | 肥満があれば減量指導。適度な運動・食事改善で体調管理(※どちらの場合も共通) | 肥満があれば減量指導。適度な運動・食事改善でホルモンバランスを安定させる(共通) |
| 主な薬物療法 | 排卵誘発剤を用いて排卵を促す(例:クロミフェンやレトロゾールの内服、必要に応じhMG注射) | ホルモン療法で月経を周期的に起こす(例:低用量ピル・ホルモン剤の内服) |
| 手術療法 | 排卵誘発剤で十分な効果が得られないとき、腹腔鏡下卵巣多孔術(卵巣に小さな穴を開け排卵しやすくする手術)を検討 | 手術による治療は通常不要 |
| 生殖補助医療 | 排卵誘発+タイミング法や人工授精で妊娠しなければ体外受精(IVF)や顕微授精(ICSI)などの高度不妊治療を検討 | 生殖補助医療は適用外(妊娠目的の治療ではないため) |
| その他の対症療法 | 高プロラクチン血症など他の内分泌異常があれば同時に治療 | ニキビ・多毛など症状が強い場合は皮膚科治療(外用薬や抗アンドロゲン剤の併用を検討) |
妊娠を希望する場合の治療
まず基礎となるのは生活習慣の改善です。特に肥満型のPCOSでは、減量によって自然排卵が起こる可能性が高まります。食事指導や運動療法で適正体重に近づけることが第一歩です。ただし痩せ型の場合も含め、治療と並行してバランスの良い食生活・適度な運動を心がけることは妊娠率向上に役立ちます。
その上で、排卵障害が続く場合は排卵誘発剤を使用します。一般的にクロミフェン(クロミッド)やレトロゾールといった内服薬から開始し、排卵が起きるか経過を見ます。日本ではレトロゾール(レトロゾール錠)は2022年から保険適用となり、クロミフェン無効時の治療選択肢が広がりました。これら内服で排卵しない場合は、注射のゴナドトロピン製剤(hMG・FSH製剤など)で卵巣を刺激する方法に進みます。
排卵誘発の段階で気を付けること
PCOSの卵巣は卵胞の数が多いため、薬に反応しすぎると一度に多数の卵胞が育ってしまうリスクがあります。その結果、多胎妊娠の可能性が高くなったり、卵巣過剰刺激症候群(OHSS)といって卵巣が腫れて腹水が溜まるような状態になることがあります。そのため医師の管理下で超音波検査や血中ホルモン値をチェックしながら慎重に誘発を行います。
内服や注射でも排卵・妊娠に至らない難治性のケースでは、腹腔鏡下卵巣多孔術(LOP:Laparoscopic Ovarian Drilling)という手術を検討することがあります。腹腔鏡手術で卵巣の表面に小さい穴を複数開けることで、男性ホルモンの産生を抑え排卵しやすくする方法です。薬剤への反応が悪いPCOSに対して行われることがあります。
さらに、それでも妊娠に至らない場合や他に不妊要因がある場合には、人工授精(AIH)や体外受精(IVF)などの生殖補助医療を段階的に検討します。特に年齢が高めの方や、早く確実に妊娠したい場合には体外受精を選択することもあります。PCOSの方は排卵さえすれば受精自体は問題ないことが多いため、体外受精でも比較的良好な胚が得られるケースが多いです(ただし卵子数が多く採れる分、OHSSには注意)。「タイミング法→排卵誘発剤→人工授精→体外受精」と徐々にステップアップしていくのが一般的ですが、これは患者様の年齢や不妊期間、卵巣の反応性によっても異なるため、主治医と相談しながら決めていきます。
今は妊娠を希望しない場合の治療
現在妊娠を考えていない場合でも、PCOSを放置して良いわけではありません。無月経や無排卵が続くと子宮内膜が長期間剥がれ落ちず蓄積し、子宮内膜増殖症〜子宮体がんのリスクが高まります。また、排卵がない状態に慣れてしまうと将来いざ妊娠を望むときに時間がかかる可能性もあります。そのため、妊娠希望がなくても月経を適切に管理する治療が推奨されます。
基本となるのはホルモン療法です。第一選択は低用量ピル(経口避妊薬)の内服です。ピルを内服すると規則的に消退出血(生理様の出血)が起こせるため、内膜を周期的に排出して子宮体がん予防になります。同時に卵巣の機能をお休みさせて男性ホルモン値を下げる効果もあるので、ニキビや多毛の改善にも役立ちます。避妊効果もあるため、今は妊娠を望まないPCOS患者さんにはピルがよく用いられます。
ピルの服用が適さない場合や希望しない場合には、周期的黄体ホルモン療法(カウフマン療法など)で対応することもあります。これは一定期間エストロゲンとプロゲステロンを投与して子宮内膜を育ててから出血させる方法で、ピルと同様に定期的な月経を起こすものです。あるいはもっと簡便に、3ヶ月に1度くらいプロゲステロン剤を10日間程度飲んで消退出血させるという方法もあります(内膜をこまめにリセットする目的)。
症状への対症療法も必要に応じて行います。例えば多毛やニキビがひどい場合は、皮膚科的な治療(抗アンドロゲン作用のある外用クリームや、場合によっては抗男性ホルモン薬の併用)を検討することもあります。ただし日本では抗アンドロゲン薬(スピロノラクトン等)はPCOSに公式適応がないため、自費診療になることが多いです。ピルを飲んでいる間にこれら皮膚症状が落ち着くケースも多いです。
また、将来の妊娠に備えて今からできることもあります。PCOSで肥満傾向にある方は、この先妊娠を望む頃までに糖代謝異常や高血圧を発症してしまうリスクがあります。そうなると妊娠自体がより困難になったり妊娠経過に支障が出る可能性があるため、若いうちから生活習慣病の予防(適正体重の維持、定期的な健康チェック)を意識しておくと安心です。最近はプレコンセプションケア(妊娠前からの健康管理)という考え方も普及しており、ブライダルチェック等でPCOSや代謝状態を把握しておくのも一つの方法です。
自分でできる改善策と食事・生活習慣
PCOSの治療では医学的介入が重要ですが、日々の生活習慣を整えることも症状改善に大きく役立ちます。 特に以下のポイントに取り組むと良いでしょう。
適度な運動習慣をつける
運動はインスリンの働きを高め、ホルモンバランスを整える効果があります。肥満傾向のある人はもちろん、痩せ型の人でも適度な運動は排卵機能の改善につながります。有酸素運動(ウォーキング、軽いジョギング、水泳など)を週に150分以上行うことが推奨されます。また筋力トレーニングで筋肉量を増やすと基礎代謝が上がり、体脂肪の燃焼効率が良くなります。有酸素運動と筋トレをバランスよく組み合わせ、無理なく継続しましょう。
低GI・高タンパクを意識した食事
PCOSの方は血糖値が上がりやすかったり、空腹時インスリン値が高めだったりすることがあります。血糖値スパイクを防ぐ食事が大切です。具体的には白米や砂糖など高GI食品を控え、玄米・全粒粉パン・オートミールなど消化吸収の穏やかな炭水化物に置き換えます。野菜や海藻類の食物繊維を先に摂ってから主食を食べる「ベジファースト」も効果的です。良質なたんぱく質(肉・魚・大豆製品・乳製品など)をしっかり摂りつつ、甘い飲み物やお菓子は控えめにしましょう。過度な糖質制限はストレスになりますので、バランスの良い食事を心がけてください。
適正体重の維持
BMIが25以上ある方は、減量によるメリットが大きいです。いきなり大幅減量は難しいですが、まずは5%の体重減を目標にしてみましょう。例えば60kgの方なら3kg減らすだけでも排卵が戻るケースがあります。ただし、痩せ型の方は減量の必要はありません。むしろ痩せすぎの人はBMI18.5以上の健康体重まで増やすくらいでも良いでしょう。自分の適正BMI(18.5〜25の範囲)に収まるよう体重コントロールするのが理想です。
ストレスケア・十分な休養
前述の通り、ストレスはPCOSに悪影響を及ぼす可能性があります。趣味やリラックスできる時間を持つ、深呼吸や軽い運動で気分転換する、悩みは一人で抱え込まない、といったストレスマネジメントを意識しましょう。睡眠もホルモン分泌に密接に関係しますので、毎日7時間前後の睡眠を確保し、夜更かしを避けて生活リズムを整えることが大切です。必要に応じてカウンセリングやマインドフルネス、ヨガなども取り入れてみると良いでしょう。
その他の生活習慣
タバコを吸う方は禁煙をおすすめします。喫煙は女性ホルモンや卵巣機能に悪影響を及ぼすことが知られています。また、過度の飲酒も避けましょう。サプリメントではビタミンDやイノシトールがPCOSに有用との報告もありますが、個人差があり自己判断は禁物です。栄養は基本的に食事から摂り、サプリを利用する際は医師に相談してください。
これらの改善策はPCOSの症状緩和だけでなく、将来的な妊娠に向けた体質づくりにも役立ちます。一度に全部を完璧にやろうとせず、できることから少しずつ取り入れてみましょう。
まとめ|焦らず自分の体質と向き合いましょう
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)は女性にとって決して珍しくない疾患であり、不妊の原因にもなり得ます。しかし適切な治療によって改善しやすく、妊娠のチャンスも十分にあるという希望を持てる病気です。PCOSと診断されて落ち込む気持ちは当然ですが、焦って悲観する必要はありません。人によって症状の出方や体質は様々ですので、医師と二人三脚で自分のペースで体質改善と治療を続けていきましょう。
特に「痩せれば治る」と言われていない痩せ型の方や、ストレスが多い環境の方は、自分に合った対策法を見つけることが大切です。生活習慣の工夫だけでも症状が楽になることがありますし、薬物療法を併用すれば月経も安定してきます。将来の妊娠を考えるなら、早めに対処しておくことで安心につながります。
ポイントは焦らず継続することです。PCOSは長期戦になることもありますが、決して一人で悩まないでください。困ったときは専門の医療機関に相談し、適切なサポートを受けながら、自分の体質と上手に付き合っていきましょう。あなたのペースでできることから始めれば大丈夫です。将来のために、今できるケアを少しずつ積み重ねていきましょう。
PCOS(多嚢胞性卵巣症候群)に関するFAQ(よくある質問)
最後に、卵子凍結について皆さんが疑問に思いやすいポイントをQ&A形式でまとめます。
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)は治りますか?
根本的に「完全に治る」というより、上手に付き合っていくべき慢性的な体質と考えたほうが良いでしょう。PCOSのホルモンバランス異常は長期間続く傾向があり、放置して自然に元に戻ることはあまり期待できません。ただし、適切な治療や生活改善によって月経不順や排卵障害が改善し、症状をコントロールすることは十分可能です。例えば肥満がある方が減量した結果、月経周期が正常化している間は「治ったかのように」見えるかもしれませんが、生活習慣が乱れ再び太れば症状が戻る可能性があります。このようにPCOSとは長い目で向き合う必要があります。しかし悲観する必要はありません。治療を続けることで多くの方は妊娠もできますし、月経を安定させることもできます。適切に管理すれば怖い病気ではありませんので、焦らず医師と相談しながら取り組みましょう。
PCOSだと将来、糖尿病になりやすいって本当ですか?
はい、PCOSの方は将来的に2型糖尿病を発症しやすい傾向があります。 特にインスリン抵抗性や肥満を伴うタイプのPCOSでは、若い頃から血糖値が高めだったり耐糖能異常(プレ糖尿病の状態)を持っている場合があります。そのため何も対策しないでいると、中年期以降に糖尿病になったり、高血圧・脂質異常症などの生活習慣病を発症するリスクが高まります。実際にPCOS患者の一定割合が将来的に糖尿病などを発症したとの報告もあります。ただし適切な食事・運動で体重や血糖コントロールをしていけばリスクは下げることが可能です。また痩せ型のPCOSだからといって安心はできません。痩せ型でも多少のインスリン抵抗性を有することがあり、油断すると糖代謝異常が現れるケースもあります。いずれにせよPCOSと診断された時点で生活習慣病のハイリスク群であるとの意識を持ち、若いうちから健康管理に努めることが大切です。定期的な健康診断で血糖値やコレステロールをチェックし、異常があれば早めに対処しましょう。
排卵検査薬がずっと陽性になるのはなぜですか?
PCOSの方から「市販の排卵検査薬を使ったら常に陽性反応が出てタイミングが掴めない」という声がよく聞かれます。これはPCOS特有のホルモン状態によるものです。排卵検査薬は尿中の黄体形成ホルモン(LH)の濃度上昇を感知して排卵日を予測します。しかしPCOSの女性はLHが慢性的に高めだったり、小さなLHサージが頻発する場合があります。そのため検査薬が常に反応し、本当の排卵直前のサージかどうか判別できなくなるのです。例えば通常はLHが低い→排卵前だけピークになるのに対し、PCOSではLH値が日常的に中程度高いのでスティックが常に反応線を示してしまいます。
このような理由から、PCOS患者さんには排卵日予測キットがあまり有効ではありません。基礎体温表や超音波検査によるフォローの方が確実です。どうしても市販検査薬を使う場合は、高感度タイプではなく感度が低めの検査薬を選ぶと若干マシになるという声もありますが、個人差があります。自己流で悩むよりは、産婦人科で排卵の有無をチェックしつつタイミング指導を受けることをおすすめします。
生理不順だったらPCOSを疑ったほうがいいですか?
生理不順が続いている場合は、PCOSを含む排卵障害が原因である可能性があります。 生理周期が35日以上と長い、3ヶ月以上生理が来ない、毎月バラバラで予測できない、といった状態が続いている方は注意が必要です。PCOSは排卵が起こりにくくなるため、月経不順として現れることが多く、PCOS患者さんの多くが生理不順をきっかけに診断されています。
ただし、生理不順の原因はPCOSだけではありません。思春期や更年期、強いストレス、急激な体重変化、甲状腺疾患、高プロラクチン血症など、他にも多くの要因が考えられます。自己判断は難しいため、2~3周期以上の不規則な月経がある場合は、一度婦人科で相談することをおすすめします。 血液検査や超音波検査でホルモン状態や卵巣の様子を調べることで、原因が明らかになり、適切な対応が可能になります。
PCOSは妊娠しにくいですか?
PCOSは排卵障害を伴うことが多いため、自然妊娠までに時間がかかることはあります。 しかし、妊娠の可能性がゼロというわけではなく、治療によって妊娠できる方が多くいらっしゃいます。 特に若いうちに適切な対応をすれば、十分に妊娠・出産を目指すことが可能です。
PCOSによる不妊は、主に卵子がうまく育たない、排卵しないことが原因です。そのため、生理周期が不規則な方は排卵日を予測しづらく、タイミングが合わずに妊娠に至らないケースが多く見られます。ですが、排卵誘発剤などの治療を行えば、排卵が起きやすくなり、妊娠率は大きく改善します。 また、肥満を伴う方では生活習慣の改善だけで自然に排卵が再開することもあります。
つまり、PCOS=不妊というわけではなく、妊娠しにくい体質ではあるものの、対策が取れる疾患です。 ご自身の体質を知り、早めに医師と相談して必要な治療を受けることで、妊娠の可能性を十分に広げることができます。
参考文献・情報源
本邦における多囊胞性卵巣症候群の治療指針(full version)
執筆者兼監修者プロフィール
東大産婦人科に入局後、長野県立こども病院、虎の門病院、関東労災病院、東京警察病院、東京都立豊島病院、東大病院など複数の病院勤務を経てレディースクリニックなみなみ院長に就任。
資格
- 医学博士
- 日本産科婦人科学会 産婦人科専門医
- FMF認定超音波医
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上記3点を満たせばPCOSと診断されます。ただし、思春期の月経不順はよくあるため初経から8年以内の若年女性にはPCOSの診断を安易に下さないという注意事項もあります(リスク評価は行います)。診断基準に満たない場合でも症状があれば総合的に判断されますので、「痩せ型で多毛もないけど生理不順だけある」という場合でも、医師が必要と判断すればPCOSと診断されることがあります。