
執筆者兼監修者プロフィール
東大産婦人科に入局後、長野県立こども病院、虎の門病院、関東労災病院、東京警察病院、東京都立豊島病院、東大病院など複数の病院勤務を経てレディースクリニックなみなみ院長に就任。
資格
- 医学博士
- 日本産科婦人科学会 産婦人科専門医
- FMF認定超音波医
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- 最近の研究により、GDF15と呼ばれるホルモン様タンパク質が妊娠中のつわり(吐き気・嘔吐)の主要な原因の一つである可能性が高いことがわかってきました。
- つわりに悩む多くの妊婦さんにとって、自分の症状の原因が解明されつつあるというのは少し安心できるニュースかもしれません。GDF15は胎盤から分泌され、脳の嘔吐中枢に作用して吐き気や食欲不振を引き起こすことが判明しています。
- 従来はhCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)など妊娠初期に増えるホルモンの影響や、心理的要因などが原因として考えられてきましたが、近年の研究ではGDF15がつわり発症のカギを握る可能性が示唆されています。
この記事では、GDF15とつわりの関係について最新のエビデンスに基づきわかりやすく解説し、あわせて従来の説や現在できる対策(ビタミンB6+抗ヒスタミン薬「ボンジェスタ」の活用など)についても紹介します。つらいつわりに悩むあなたが、少しでも安心して妊娠生活を送れるよう、役立つ情報をお届けします。
つわりとはどんな症状?どれくらいの人が経験する?
つわりとは、妊娠初期に起こる吐き気・嘔吐、食欲不振、嗜好の変化、倦怠感などの一連の症状のことです。一般的に妊娠5~6週頃から始まり、症状は妊娠8~11週頃にピークを迎えて、その後徐々に軽快することが多いです。多くの場合は妊娠16~20週までにはおさまりますが、個人差が大きく、中には妊娠中期以降も症状が続く方もいます。
つわりは非常に一般的な症状で、妊婦さんの70~80%が何らかのつわり症状を経験するとされています。症状の程度も人それぞれで、ほとんど気にならない軽い吐き気程度の方もいれば、日常生活に支障が出るほど重い方もいます。特に重症のケースでは妊娠悪阻(にんしんおそ)と呼ばれ、頻回の嘔吐により体重減少や脱水症状をきたす状態になります。妊娠悪阻は妊娠の約0.3~2%と少数ながら発生し、入院治療が必要になることもあります。
つわりの原因:これまで考えられていた説
つわりの原因は長らく明確には解明されていませんでした。妊娠に伴うホルモンバランスの変化や代謝変化が主な原因と考えられてきましたが、はっきりとしたメカニズムには不明な点が多かったのです。従来から挙げられていた代表的な説には次のようなものがあります。
hCGホルモン説
妊娠すると胎盤からhCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)と呼ばれるホルモンが大量に分泌されます。hCGの血中濃度は妊娠初期(8〜10週頃)にピークを迎え、つわりの時期と重なるため、hCGが吐き気の引き金ではないかと考えられてきました。実際、hCG値が通常より高くなる双子以上の多胎妊娠や胞状奇胎では、重いつわりや妊娠悪阻が起こりやすいことが知られています。しかし、「hCGそのものが吐き気を引き起こすのか?」という点については定説がありません。むしろhCGが卵巣を刺激してエストロゲンを増やし、それが吐き気の原因となっている可能性も指摘されており、hCG単独での因果関係ははっきりしない(賛否両論)のが現状です。
その他のホルモン・要因
hCG以外にもエストロゲン(女性ホルモン)の上昇やプロゲステロンの影響、甲状腺ホルモンの変化など、様々なホルモンが関与する可能性が検討されてきました。例えばエストロゲンも妊娠初期に急増しますが、つわりがある人とない人で有意なエストロゲン値の差がないという報告もあり、一貫した結果は得られていません。また一部では「妊娠に対する心理的ストレスや不安がつわりを起こす」といった説も過去には唱えられましたが、現在では精神的要因が主因であるというエビデンスは乏しく、身体的な変化(ホルモンや代謝)が主であろうと考えられています。実際、重度のつわり(妊娠悪阻)は身体的な要因に起因する生物学的な現象であって決して「甘え」や「精神的弱さ」ではないことが遺伝学的研究からも示されています。つまり、つわりは妊娠に伴う生体反応であり、妊婦さん自身の努力で完全に防げるものではないのです。
以上のように、従来の説では「ホルモンや体の変化はいろいろあるけれど決定打に欠ける」状況でした。しかし近年、この謎に対して新たな手がかりをもたらす発見がありました。その鍵が「GDF15」というタンパク質だったのです。
GDF15とは?胎盤から分泌される不思議なホルモン
GDF15(成長分化因子15: Growth Differentiation Factor 15)は、体内のストレスや異変に応答して産生されるサイトカイン(タンパク質)の一種です。平常時には体内でほとんど産生されませんが、何らかの負荷がかかったときに増加する特徴があります。例えば加齢や激しい運動、喫煙、がんなどの状況で体内のGDF15値が上昇することが知られています。GDF15は細胞のミトコンドリア機能の状態を反映するとも言われ、ストレスマーカーのような役割を果たす物質です。
GDF15はTGF-βスーパーファミリーに属する分子で、近年、その働きとして食欲の抑制や悪心(吐き気)誘発に関与することがわかってきました。体内でGDF15が増えると、脳の延髄にある嘔吐中枢(吐き気を感じさせる領域)に存在する受容体(GFRALという受容体)に作用し、吐き気・嘔吐や食欲不振を引き起こします。これは例えば食中毒などで有害なものを口にした際、GDF15が上昇して嘔吐を促し、体を守ろうとする防御反応に関わっていると考えられています。実際、動物実験では抗がん剤による吐き気もGDF15の作用で説明でき、サルを使った研究ではGDF15を中和することで嘔吐が大幅に抑制されたという報告もあります。
そんなGDF15ですが、妊娠中にも大きな役割を果たしていました。これまで妊娠前後でGDF15が大きく変化するとは考えられていませんでしたが、最新の研究により「胎盤」がこの物質の重要な供給源であることが明らかになったのです。妊娠すると新たに形成される胎盤や胎児由来の細胞が大量のGDF15を産生し始め、母体の血中GDF15濃度は妊娠初期にかけて急激に上昇します。つまり、GDF15は母体ではなく胎児側(胎盤)から作られるホルモンだということがわかったのです。
実際、妊娠初期の母体血中に存在するGDF15の約99%が胎児由来であることが論文で報告されています。胎盤がしっかり形成される妊娠9〜10週頃にGDF15値が非常に高くなり、これはちょうどつわりが最も強く出る時期と一致します。このタイミングの符合と、GDF15の生理作用(吐き気を誘発する)が結びつき、「もしかしてGDF15こそがつわりの原因物質ではないか?」と考えられるようになりました。
GDF15とつわりの関係:最新研究が示すもの
近年発表された最新の研究成果により、GDF15がつわり(特に重症例の妊娠悪阻)に深く関与していることが強く示唆されています。その代表的なエビデンスをいくつか紹介しましょう。
遺伝子研究(GWAS)からの手がかり
2018年に発表された大規模な遺伝学研究(「Placenta and appetite genes GDF15 and IGFBP7 are associated with hyperemesis gravidarum」)では、妊娠悪阻を経験した女性の集団とそうでない人の集団を比較し、19番染色体上のGDF15遺伝子領域に関連する多型が妊娠悪阻のリスク上昇と有意に関連することが報告されました。同時に見つかった4番染色体上のIGFBP7遺伝子と合わせ、いずれも胎盤の形成や食欲・悪液質(後述)に関わる遺伝子であることから、これが決定打ではないものの「GDF15が妊娠中の悪心に関与している可能性」が初めて示唆されたのです。
血中GDF15濃度と症状の関連
2023年には、ケンブリッジ大学などの国際研究チームによる画期的な研究結果が発表されました。この研究では、妊娠初期の女性でつわり症状が強いグループ(吐き気・嘔吐や食欲不振が顕著な妊婦さん約60人)とほとんど症状がないグループ(つわりが軽微な妊婦さん約60人)の血液中のGDF15濃度を比較しています。その結果、症状が強い妊婦さんでは血中GDF15値が有意に高かったことが確認されました。さらに、採取した胎盤の分析から、胎児側の細胞がGDF15の大部分を産生していることも明らかになりました。これらの所見は、「胎児由来のGDF15が母体に作用して吐き気を引き起こす」という仮説を強く裏付けるものです。
基礎体力(非妊時のGDF15レベル)と妊娠悪阻リスク
面白いことに、上記研究では「妊娠していない時点での元々のGDF15値の高低」がつわりの発症リスクに影響する可能性も示されました。具体的には、妊娠前の血中GDF15濃度が低い女性ほど妊娠悪阻を発症しやすい傾向があったのです。言い換えると、非妊娠時にGDF15値が高めの人は、妊娠中にGDF15が急増しても比較的耐性があり、つわり症状が軽く済む可能性があります。実際、先天的にGDF15値が高くなりやすいβサラセミアという血液疾患を持つ女性では、妊娠中につわりを経験する割合がわずか5%程度と非常に低く、同年代・同人種の一般妊婦での60%以上という頻度と比べて著しく少なかったという報告があります。これはGDF15が慢性的に高い状態だと体が慣れてしまい、妊娠でさらに増えても吐き気が起こりにくいことを示唆しています。
GDF15を投与したマウス実験
さらに、妊娠のモデルではありませんがマウスを用いた実験も行われました。妊娠していないマウスに対し、片方の群には長時間作用型のGDF15製剤を事前に投与し、もう片方の群(対照群)には偽薬を投与しました。数日後、両方の群に大量のGDF15をボーラス投与(急速投与)してみたところ、対照群のマウスは食欲不振となり体重が減少したのに対し、事前にGDF15を投与され慣らされていたマウスはほとんど通常通りに餌を食べ、体重減少も抑えられたのです。要するに、あらかじめGDF15に暴露しておくと、その後GDF15が急増しても影響を受けにくくなる(耐性がつく)ことを示す結果で、人間の妊娠において「妊娠前からGDF15値が高めの人はつわりになりにくい」という所見と一致します。この耐性の有無が、妊婦さんごとのつわりの差を生む一因と考えられるわけです。
希少な遺伝子変異の発見
上述の研究では、GDF15遺伝子におけるC211Gと呼ばれる珍しい変異にも注目しました。この変異を持つと平時の血中GDF15濃度が低下するのですが、そのような女性は妊娠悪阻を発症するリスクが約10倍にも上ることが判明しました。まさに「妊娠前にGDF15が少ない→妊娠で急増した際についていけず重症化する」という因果関係を裏付ける発見と言えるでしょう。
以上のような複数のアプローチからの証拠が積み重なり、研究者たちは「GDF15こそがつわり(特に重度の妊娠悪阻)の主たる原因物質である」という結論に傾きつつあります。特に胎児由来のGDF15が母体にもたらす影響と、母体側の感受性(耐性)の個人差という2つの要因が組み合わさって、つわりの発症リスクと重症度が決まってくるというモデルが提唱されています。言い換えれば、「赤ちゃん(胎盤)がどれだけGDF15を出すか」と「お母さんがGDF15にどれだけ慣れているか」の組み合わせで、つわりの程度が左右されるということです。
なお、GDF15だけですべてのつわり症状を説明できるわけではないことには注意が必要です。つわりには吐き気や嘔吐以外にも、強い眠気や嗜好の変化、唾液分泌過多など様々な症状がありますが、現時点の研究は主に「吐き気・嘔吐・食欲不振」という部分に焦点を当てています。他の症状(眠気や味覚の変化など)にGDF15が関与するかどうかはまだ不明です。また、O’Rahilly教授(前述の研究責任者)は「この研究はGDF15が妊娠悪阻リスクに影響することを示唆するが、他の要因も関係している可能性がある」と述べており、今後もhCGや他のホルモンとの相互作用などを含めた包括的な解明が進められるでしょう。つまり、GDF15が“つわりの原因のすべて”と断言するのは時期尚早ですが、少なくとも主要な役割を果たす因子であることは間違いなさそうだ、というのが専門家の見解です。
ちなみに、この発見から派生して「つわりを予防・軽減する新たなアプローチ」も模索されています。それは「妊娠前にGDF15への耐性をつけておく」というアイディアです。例えば前述のマウス実験にならい、妊娠を計画している女性にあらかじめGDF15を少し増やすような処置をしておけば、いざ妊娠して胎盤からGDF15が大量に出てもひどい吐き気を起こさずに済むのではないか、という発想です。実際、ある研究では糖尿病治療薬のメトホルミンが服用によってGDF15を緩やかに上昇させる作用を持つことに着目し、妊娠前の女性にメトホルミンを投与してGDF15値を高められないかという臨床試験が進行中だと報告されています。今後、GDF15に関連した新しいつわり予防法や治療薬が開発される可能性もあり、つわりに悩む女性にとっては朗報となるかもしれません。
GDF15はつわり以外にも関与する?(悪液質やがんとの関連)
GDF15は妊娠時のつわりだけでなく、他の様々な病態でも注目されている物質です。上述したように、GDF15はストレス応答性のサイトカインであり体内の異常を知らせるシグナルとして働きます。そのため病気のときに増えることが多く、増えた結果として共通の症状を引き起こすことがあります。
特に重要なのが、悪液質(あくえきしつ)と呼ばれる病態との関係です。悪液質とは、がんなどの慢性疾患に伴って起こる深刻な体重減少や食欲不振、筋力低下の症候群で、進行したがん患者さんでしばしば問題になります。近年の研究で、この悪液質の発症メカニズムにGDF15が関与していることが示唆されています。がん患者で血中GDF15が上昇すると食欲減退が生じ、結果的に体重が減っていくという流れです。実際、GDF15は古くから「MIC-1」(マクロファージ抑制因子1)という名称でも知られ、がんの存在下で増加して食欲抑制作用を持つことが報告されてきました。また、腫瘍から分泌される物質としても注目されており、血中GDF15が高いことががんのバイオマーカー(兆候)となる場合もあります。
他にも、抗がん剤治療(化学療法)を受けている患者さんでGDF15が急上昇し、それが吐き気・嘔吐の一因となっている可能性もあります。前述の通り動物実験でGDF15を中和すると嘔吐が軽減したことから、抗がん剤による吐き気止めとして抗GDF15療法が役立つのではないかという研究も行われています。
このように、GDF15は妊娠に限らず広く「吐き気・食欲不振」を介した生体防御反応に関わる分子なのです。ある意味、「体にとって好ましくない状況」が発生したときにGDF15がスイッチオンになり、食欲を落としてまで対処しようとする――それが妊娠初期には胎児を守るためにつわりという形で現れ、がんの際には体を休ませるために現れる、といった風にも解釈できます。この仕組み自体は生物進化の過程で獲得された適応反応だったと考えられます。実際、O’Rahilly教授ら研究者は「GDF15によるつわりは、妊娠初期にお母さんが有害なものを食べてしまわないようにするための進化上の戦略ではないか」と推測しています。昔の環境では、つわりによって肉や刺激物を避けさせることが胎児を奇形発生因子から守るのに役立ったのかもしれません(※もっとも現代では食の安全性が向上しているため、かえって栄養不足のリスクのほうが懸念されますが)。いずれにせよ、GDF15は「吐き気・食欲抑制」を介して身体を守る役割を果たす一方、その過剰な発現が妊娠悪阻や悪液質といった問題につながる諸刃の剣とも言えるでしょう。
つわりの治療法・対策:最新知見を踏まえてどうする?
つわりの根本原因にGDF15が関与していることがわかりましたが, 現時点でこの分子自体を直接コントロールする治療法があるわけではありません(将来的には抗GDF15薬などが開発される可能性はあります)。したがって、現状では従来通りの対症療法がつわり対策の中心となります。GDF15の発見によって従来の治療が無意味になったわけでは決してありませんのでご安心ください。ここでは、改めて妊娠中のつわりを和らげるための基本的な対策を整理し、その中でも特に有効とされる方法をご紹介します。
日常生活でできる工夫・セルフケア
まず、日常生活の中でできるつわり軽減の工夫です。これは従来から妊婦さん向けに広く推奨されてきた方法で、GDF15の話題が出る以前から実践され効果が報告されています。
- 食事のとり方を工夫する: 一度にたくさん食べようとせず、少量を頻回に食べるようにします。空腹になりすぎるとかえって吐き気が増すことがあるため、朝起き抜けや小腹が空いたときにクラッカーやキャンディ、生姜入りの飴など口に入れられるものを常備すると良いでしょう。また、匂いの強い食品や脂っこい料理は吐き気を誘発しやすいため、できる範囲で避け、食べやすいもの(例:冷やしたフルーツやゼリー、炭水化物中心のあっさりしたものなど)を選ぶと楽になることがあります。
- 水分補給をこまめに: 嘔吐が続くと脱水になりやすいので、水や麦茶、スポーツドリンクなど飲めるものを少しずつでも摂取しましょう。冷たい飲み物や炭酸水は飲みやすいという声もあります。吐き気で水さえ飲みにくいときは氷を舐めるだけでもOKです。
- 匂い対策: 匂いに敏感になる方が多いため、調理中の匂いが辛ければ換気を徹底したり、可能なら家族に調理をお願いしたりしましょう。食事以外でも、香水や制汗剤の匂い、通勤電車の臭いなど不快に感じる匂いからできるだけ遠ざかる工夫をします。マスクをしたりハンカチに好きな香りを染み込ませ持ち歩いたりして紛らわすのも一つです。
- 十分な休息とリラックス: つわりがひどいときは無理をせず休みましょう。睡眠不足や疲労は吐き気を悪化させることがあります。また緊張や不安も症状を感じやすくするので、音楽を聴いたり、心地よい体勢で横になるなどリラックスする時間を作ってください。ご家族や職場の理解を得て、家事や仕事の負担を一時的に減らすことも重要です。
- 生姜やビタミンB6の活用: ハーブ療法的なアプローチですが、生姜は吐き気を和らげる効果がある程度認められています。生姜湯やジンジャーエール、ショウガ入りキャンディなどを試してみてもよいでしょう。またビタミンB6の補給も有用です。ビタミンB6はつわり症状の軽減に役立つことが科学的に示されており、妊婦さん向けのサプリメントなどにも配合されています。ただし過剰摂取はかえって良くないため、サプリを用いる際は容量用法を守りましょう。
以上のようなセルフケアで、多くの妊婦さんはつわりをなんとか乗り切っています。ポイントは「無理をしないこと」と「自分に合う対処法を見つけること」です。妊娠中の体調は人それぞれですから、他の人の体験談は参考程度に、自分が少しでも楽になれる方法を模索してみてください。
医療機関でできる治療(薬や点滴など)
セルフケアだけではどうにも辛い場合、産婦人科で相談して治療を受けることもできます。「妊娠中だから薬はダメ」と我慢しすぎる必要はありません。医師と相談の上、安全と判断される薬や点滴が用いられますので、遠慮なく受診してください。特に体重減少が大きい、尿が出にくい、立っていられないほどの吐き気がある、といった場合は早めに受診しましょう。
医療機関での主な対応は以下のようなものがあります。
- 制吐剤(吐き気止め)の処方: 妊婦さんにも比較的安全に使える抗ヒスタミン薬や消化管運動改善薬などが処方されることがあります。これらはいずれも長年妊婦への使用実績があり比較的安全性が高いと考えられる薬剤です。症状や重症度に応じて内服薬または点滴注射で投与されます。
- ビタミンB6製剤の投与: 吐き気止めとともにビタミンB6の補給が行われることがあります。ビタミンB6は安全性が高く、つわりによる吐き気の軽減に効果があるため、サプリでは間に合わない場合は医療用製剤で補います。
- 点滴補液: 水分や栄養が摂れないほどのときは補液の点滴を行います。ブドウ糖や電解質を補給しつつ、必要に応じて上記の吐き気止め薬やビタミン類も点滴に混ぜて投与します。点滴を行うことでだいぶ楽になるケースも多いです。
- 入院管理: 外来治療では追いつかない重症妊娠悪阻の場合、入院して集中的に治療します。絶食の上で点滴による水分・栄養補給を行い、吐き気止めや場合によってはステロイド剤の投与なども検討されます。入院により安静が保て、徐々に食事がとれるようサポートします。
ビタミンB6+抗ヒスタミン薬の併用療法(ボンジェスタ)
近年、ビタミンB6と抗ヒスタミン薬の組み合わせがつわりに対して最も第一選択となる治療として確立されてきました。米国産婦人科学会(ACOG)など海外のガイドラインでは、妊娠初期の悪心・嘔吐に対して「まずビタミンB6単独、それで効果不十分なら抗ヒスタミン薬のドキシラミンを併用する」ことが強く推奨されています。このビタミンB6+ドキシラミンの併用療法は、安全かつ有効であることが複数の研究で示されており、現在では世界的に標準的なつわり治療となっています。
日本では、この組み合わせ療法に相当する薬剤が「ボンジェスタ」という名前で海外から輸入されています。ボンジェスタはドキシラミンコハク酸塩(抗ヒスタミン薬)とピリドキシン塩酸塩(ビタミンB6)を有効成分とする徐放性の経口薬で、1日1~2錠の服用でつわり症状を和らげることが可能です。有効成分は海外では昔から使われているドキシラミン+ビタミンB6と同じであり、その組み合わせ療法は60年以上にわたる使用実績があって母体と胎児への安全性が確認されています。副作用は比較的少なく、強いて言えば抗ヒスタミン薬による眠気や口の渇きが出る程度で、安全域の広い薬です。ただし重度の妊娠悪阻(入院が必要なレベル)に対してはボンジェスタ単独では効果が不十分なケースもあります。
ボンジェスタ(ビタミンB6+抗ヒスタミン薬)は海外ではごく一般的につわり治療に用いられていますが、日本では2025年現在未承認の薬剤です。そのため保険適用外(自費)にはなりますが、信頼できる医療機関を通じて個人輸入の形で入手・処方を受けることができます。日本産科婦人科学会からも厚生労働省に対し本薬の承認要望が出されているほどで、近い将来正式に使用できるようになることも期待されています。
レディースクリニックなみなみでも、このボンジェスタによる治療をいち早く導入しています。当院では院内およびオンライン診療にてボンジェスタの処方が可能です。つわりがつらく「薬に頼りたいけど日本では手に入らない…」と不安に思っている方も、ぜひご相談ください。妊娠初期の吐き気や嘔吐でお困りの方に、安全性と有効性が確認された治療法を提供し、少しでも快適に妊娠生活を送っていただけるようお手伝いいたします。
おわりに:つわりは我慢しすぎないで、相談を
つわりは決して稀なものではなく、多くの妊婦さんが通る道です。「赤ちゃんが順調に育っている証拠」と前向きに捉えられる一方で、実際に経験してみると想像以上につらいものですよね。今回ご紹介したように、つわりの背景にはGDF15というホルモンの存在がクローズアップされ、少しずつ原因解明が進んできました。従来から言われていたhCGなど他の要因も含め、つわりのメカニズムは今後さらに明らかになっていくでしょう。それによって、将来的には「つわりを事前に防ぐ予防法」や「根本的に症状を止める治療薬」が開発される可能性もあります。研究の進展が待たれるところです。
しかし今、目の前のつわりに苦しんでいる妊婦さんにとって大切なのは、「適切な対処で乗り切ること」です。原因が何であれ、つわりの症状そのものを和らげてあげることが母体と赤ちゃん双方の健康につながります。今回解説したようなセルフケアを試みつつ、それでもつらいときは決して我慢せず周囲の人や医療機関に頼ってください。つわりは一人で抱え込む必要のない症状です。特に当院では全国からつわりに関するオンライン診療を受け付けており、遠方の方や忙しい方でも自宅から相談いただけます。必要に応じてボンジェスタなど適切なお薬を処方し、あなたの妊娠初期を全力でサポートいたします。
つらい症状は永遠に続くものではありません。多くの場合、妊娠中期に入れば症状は軽快していきます。それまでの間、無理をせず、自分を責めず、周りに助けてもらいながら乗り越えていきましょう。当院もそのお手伝いができれば幸いです。どうか少しでも心と体を楽にして、安心して妊娠ライフを送ってくださいね。お大事になさってください。
レディースクリニックなみなみのつわり外来を予約するデリケートゾーンのにおいに関するよくある質問
GDF15とは何ですか?
GDF15(Growth Differentiation Factor 15)は、胎盤やストレス時に分泌されるサイトカインです。妊娠初期に急増し、脳の嘔吐中枢に作用して吐き気や食欲不振を引き起こすことで、近年つわりの主因候補として注目されています。
つわりとGDF15はどのように関係していますか?
妊娠初期につわり症状が強い妊婦さんほど、血中GDF15濃度が高いことが報告されています。胎児由来のGDF15が母体へ作用し、吐き気や嘔吐を誘発していると考えられています。
従来言われていたhCGとの違いは?
従来はhCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)がつわりの要因とされてきましたが、最近の遺伝子解析や血中濃度比較研究でGDF15のほうがつわり発症に強く関連する可能性が示唆されました。両者は併存する要因と捉えられています。
GDF15以外のつわり対策は?
食事を少量・頻回に摂る、生姜やビタミンB6の活用、十分な休息や水分補給、匂い対策などセルフケアが基本です。重症時は医療機関での制吐薬や点滴治療も有効です。
ボンジェスタはGDF15によるつわりにも効きますか?
ボンジェスタはビタミンB6+抗ヒスタミン薬(ドキシラミン)の併用療法で、吐き気中枢を抑える効果があります。GDF15が関与するつわりでも、吐き気軽減の有効性が期待されています。
ボンジェスタは日本でどう入手できますか?
現在国内未承認のため自費診療になりますが、当院ではオンライン診療でボンジェスタの個人輸入・処方が可能です。安全性を確認のうえご案内します。
当院の「つわり」のページもぜひご覧ください。他の治療や症状についても紹介しています👇️
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東大産婦人科に入局後、長野県立こども病院、虎の門病院、関東労災病院、東京警察病院、東京都立豊島病院、東大病院など複数の病院勤務を経てレディースクリニックなみなみ院長に就任。
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